わたくしは貧乏人なのです。
2軒のボウリング場を経営している、それだけでお金持ちに見られるようなのですが、何を隠そう、実は貧乏人なのです。ささやかにプールしていた資金をつぎ込み、乗っていた愛車まで売り払い、ボウリング場経営に賭たのです。ですから今、貧乏人のわたくしには車がありません。


能書き居士から、直接経営に乗り出して、約1年半が経過しました。わたくし個人にはまだ余裕はできませんが、スタッフに恵まれて、おかげさまで会社の方は少しだけ明かりが見えてきました。そこで、わたくし用の車を会社で買ってもらうことにしました。以前乗っていた愛車はポルシェ911カレラ4。そんな高い車は買えません。アウディロードスターにしました。プロスポーツマンです、車も無論スポーツカー。


東京Mアウディに行きまして、交渉し見積もりを取りました。もう1軒ヤナセアウディからもアプローチがあったので、翌日ヤナセの方にも顔を出し、両社に事情を話して見積もり合わせをしました。ヤナセで見積もりを待つ間、身なりの素晴らしい魅力的なご老人がショールームに入ってこられました。ヤナセのスタッフ皆さん立ち上がり、会釈をしているのを見て、きっとオーナーなのではと推理していたところ、そのご老人がわたくしの方に近づいてこられたのです。担当者の紹介で名刺交換をしました。[代表取締役名誉会長梁瀬次郎] わが国の自動車産業の父とも呼ばれるそのご本人そのものです。 緊張はしましたが、客であるわたくしをリラックスさせる雰囲気をお持ちでした。ほんの5〜6分雑談をしたところ、急にこう話しかけるのです。


「スミさん、お願いがあるのですが、怒らないで聴いていただけるでしょうか?」
「ハイ、どのようなことでしょうか?」
「ちょうどランチタイムです。お昼を差し上げたいのですが?」
「とんでもございません、営業の武尾さんがご親切にして下さるので、こちらがお誘いしようと思っていたところなんです。」
「武尾はいつでも時間があります、わたしにはそう時間がない。88歳の高齢で残り時間があまり無いのです。人生行きばかりで・・・・帰りがあるといいのにねぇ。」
「・・・・・・・・」
「フランス料理のクレセントか、日本料理でしたら東京プリンスの清水。どちらがよろしいですか?」
「それではお言葉に甘えまして、和食をご馳走になります。」


食事前に会長室に案内されました。釣りと写真がご趣味とのこと、入り口には2メートル以上ある釣りの成果の剥製が2尾。会長室の壁面にはご自身でお撮りになった写真が飾られています。客が立ち去った後の、とあるパリのカフェのひとこま。テーブルに客がこぼしたパンくずをついばむ小鳥の風景・・・


「日本でしたらきっと追い払うでしょう。フランスではみんな微笑みながら小鳥を見守ります。」


わたくしも何度かパリに行きましたが、目がいかなかった。これこそ教養の違いだと思いました。教養とは心の優しさ、そして自分が愚かだということを知る心。その写真に感心していましたら、ご自分の3冊の写真集と、3冊の自著をサイン入りで下さったのです。東京プリンスの清水で、美味しい優雅な昼食(会長特別メニュー)を、楽しく語らい合いながら2時間かけてご馳走になりました。後日いただいたご本を読んで更にびっくりしたのですが、とんでもない偉大な方なのですね、梁瀬次郎会長は・・・・教養が無いものでして・・・・。さて、食事も終わりに近づき、デザートの時でした、わたくしは梁瀬会長にお聞きしたのです。


「会長、お聞きしたいのですが、何故初めてのわたくしをお誘い下さったのでしょうか?」
「わたしもびっくりしています。いくらお客さまでも初めてお目にかかる方をお食事にお誘いしたのは、今回初めてのことなのです。」
「ならばなおさらお聞きしたい、何故でしょう?」
「あなたは心が真っ直ぐな方だからです。」
「何故、そんなことがおわかりになるのですか?」
「それは目を見ればわかるのです。」
「???」


わたくしは心が真っ直ぐなのです。これが言いたいばかりに、いつもの倍の原稿量になりました。わたくしの目を今度見に来てください。無論ヤナセからアウディを購入することにしました。値段じゃない、品格の違いなのです。スーパーボウルも品格のあるセンターにしたいものです。


次ページ:ハンディキャップについて
すみ光保

すみ光保(すみみつやす)

■1935年東京都生まれ。株式会社スミ代表取締役。1967年にライセンスNo.4第1期生プロボウラーとしてデビューする。ボウリングインストラクターライセンスはマスター。
主な著作は、子供とボウリング(ぎょうせい出版)、ボウリング(ぎょうせい出版)、VJボウリング(日本テレビ出版)、NBCJインストラクターマニュアル、ブランズウィック発行マニュアルなど多数。

BackNumber
このページの先頭へ