「俳優の技術、それは嘘をつく技術ではない。いかに真実を伝えるかの技術である。」

 そんなことを俳優座創設者の一人、千田是也氏が言っていたような気がする。  

 わたくしは心が優しすぎるところがマイナスというか仇となり、悲しいかな人付き合いが全く下手だ。人と親しくなれない傾向にある。喧嘩っ早くその上に老人性頑固ときてりゃ推して知るべし。  
ゴルフはとても素敵なスポーツだけれども、当初から全くやる気がしなかった。
せっかく謝敏男にコーチを受けたというのに。  こちとらゴルフ初心者。後から迫ってくるパーティーに迷惑をかけてはいけないという脅迫観念があり、常に打ち急がねばならない。パー4を10打、これはもう焦りであるどころか脅迫だ。  

電話を受けるのはうれしいのだが、掛けるのは大嫌いだ。相手は現在どのような常態かがわらないし見えない。もしかしたら忙しいのか? 迷惑がかかるかも、と考えると全く掛けたくなくなるしかけられない。  これらは優しさというより気弱さのなせることなのかもしれない。こんな所為で人付き合いの悪い、面白みのない人間になってしまっている。  
トーナメントの優勝者のところへは誰しも駆け寄り祝福するが、わたくしは“悪いな忙しそうだな”と思ってしまい、敗者の方に行く確率が高い。というより遠慮してしまう。  

しかし、わたくしは3歳から約30年間演劇の世界にいた。新劇。  当時の演議論で、われわれのバイブルはモスクワげ芸術座創設者スタニスラフスキーの「俳優修業」だった。スタニスラフスキーは演技は心から入れと説く。それに対しアテネフランセーズのコクランはカタチが大切だとのたまう。50年以前の昔のこんな演議論は現在では通用していないのかもしれないが・・・    

「カタチは心を誘発する」というのは、わたくしの名言で、接客セミナーなどで突っ込みお話するのだが、それはそれで正しいと思っている。つまりこうだ・・・パジャマ姿でごろごろしているときより、デートだってんでドレスアップしたときの方が気持ちもスキッとするでしょう? カタチは精神に大きく影響を及ぼすのである。  昔テレビドラマに出演して感じていたことのひとつに、新劇での役者はクサイ演技が多く。歌舞伎役者の方がどれだけナチュラルだったか・・・  スタニスラフスキーは弟子に向かって言う。「笑ってみなさい」 弟子は先生に言われるがまま゜「アッハハハッ」と笑う。先生は質問する「何がおかしい?」。弟子は答えられない。  先生「笑うには笑う要因があるのに、おまえのはただ笑うカタチをまねたに過ぎない。ウソをつくような役者は去らねばならない。」  
コクランの弟子に偉大なる伝説的女優サラ・ベルナールがいる。あるときサラはレストランでディナーメニューを読み上げて、聴く者を涙の世界に引きずり込んだという。オードブルからスープ、魚料理から肉料理〜デザートまでのメニューを読み、語り、観、聴く人たちを悲嘆にくれさせるなんて信じられないが、名優ならばあるのかもしれない。  

さて、かくいう面白みのないわたくしは、なぜか講演やセミナー講師として大いに人気があった。昭和42年から平成19年まではほぼ毎日セミナー講師として外国を含めて全国を飛び回っていたのです。  わたくしの講習はいつも笑いの中で進められた。
こんな面白みのない人間だけれど。  
経営センターの営業企画にせよ、インストラクターにせよ、リーグまたしかり、わたくしがセミナーなどでの賜(のたま)っていることと、自分のセンターの現実とのこの乖離。
つまりスタニスラフスキーの真実でとらえてきていなかったからなのだ。小器用な役者的技術、つまり千田の言うウソをつく技術でやってきたに過ぎないのだ。
遅ればせながらそこに気づいた。手遅れだが。 そうだ、オレの講習はコクランだったのだ。つまり、ウソをつく技術だったのだ。何年か前、それに気づいてからわたくしの講習会は面白みのない退屈なものになってしまった。  
インストラクター講習だけでも、受講生は2万人以上ぐらいいるだろうか? 
いま思うに悪いことをしたなー。ウソでも人を泣かせたり、笑わせたり、感動させたりできるのだが。  これからはスタニスラフスキーでいこう。そして退屈させないためにコクランを応用しよう。
しかし、もはや手遅れである。  
ちなみにLTBインストラクター用の教本では、スタニスラフスキーを応用して書いた。
貫通目標と単位目標の整理がまさにそれなのだ。

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すみ光保

すみ光保(すみみつやす)

■1935年東京都生まれ。株式会社スミ代表取締役。1967年にライセンスNo.4第1期生プロボウラーとしてデビューする。ボウリングインストラクターライセンスはマスター。
主な著作は、子供とボウリング(ぎょうせい出版)、ボウリング(ぎょうせい出版)、VJボウリング(日本テレビ出版)、NBCJインストラクターマニュアル、ブランズウィック発行マニュアルなど多数。

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